同人誌印刷 トム出版 長柄の教訓
長柄の教訓
先日、与謝蕪村の話を書いた。もちろんその話とは全く関係ないのだが、
あの、淀川の堤防の石碑 ( 春風や堤長うして家遠し )
のところから1kmほど川を下ったところに、阪急電車の鉄橋が見える。
その阪急電車の鉄橋の向こう側に、それと併行するように、
長柄橋という橋が架かっているのが眺望されるが、
ご存知の方もあるかもしれないが、あの長柄橋には古来、
諺にまでなった悲しい伝説の話があった。
この川は、ずっと昔、平安時代の頃は治水が難かしく、
雨季になるとたびたび氾濫し、その度に長柄橋が流されてしまうのだ。
そこで、官吏の役人が、何か良い策はないかと、
村人を集めて相談することになったのだが、
その時、村の長者である巌氏という者が、
橋の工事の際、橋脚に人柱を立てたらよい、、。
と、意見を言ったのが基で、
さてさて、まことに隗より始めよ、、の譬えではあるまいが、
自分がその人柱にされてしまったのである。
長者の一人娘、てるひのまえ(光照前)はこれを嘆き悲しんで、
--物言いわじ 父は長柄の橋柱 鳴なかずば雉子も 射られざらまし--
と歌を詠んだのである。
これを他山の石として、大阪人は今でも、
--- 人さんの前でいらん事いわんでもええ、黙っとけ。---
と、日常の教訓として子供たちを戒めているのである。
その蕪村の石碑のところから、長柄橋の全景が指呼の間に見えている。
http://d.hatena.ne.jp/tomshuppan/20080118